永遠のヨギー

アメリカに初めてヨガを伝えた伝説的な人物「パラマハンサ・ヨガナンダ」の人生と、その人どなりの素晴らしさを伝える映画「永遠のヨギー」を見る。

いま、隙あらばレッスンに向かいたいくらいヨガにハマっている自分でなければ決して見ることはなかったであろう映画なんだけど、予告編を見た時も、実際に映画を観た後も「ちょっと……(苦笑)」という複雑な感情が。

ヨガのスピリチュアル問題。あるいは宗教性問題。

オウム事件を目の当たりにしている自分には、どうしてもそこで引いてしまう。もちろんこれはヨガが悪いんじゃなくヨガを利用したオウムが悪いのだけれど。

とはいえ、映画を見たあと、そのことについて話したり、ヨガレッスンを受け改めて思うのは、ヨガがもし精神性ゼロだったら、自分はこんなにハマらなかっただろうということ。

普通の運動とは違い、勝敗も本番もなく、日々変化する自分の体の声を聞きながら、呼吸と体と少しづつコントロールできるようになってゆく。その結果として、常に落ち着きを保ち、人としても成熟するということがヨガの目的だというのが今の自分の認識なのだけど、肉体を使った勝負や表現が好きでも得意でもなく、しかし運動のための運動では飽きてしまう自分にとって、ヨガは本当にちょうどいい。

初めてレッスンを受けた時の「あまりにも強烈な運動量で、そのあとぐっすり眠れたのがよかった…」という状況から、少しづつ少しづつ自分の体に意識を向ける事ができるようになり、時々本当に面白いことに気がついたりする。さらに、正しく丁寧に続けてゆけば、この歳になっても成長していることが実感できる。

そういうところがとても面白いんだよな、と改めて気がついた次第です。