装丁解剖・五冊目『向田邦子全集 新版5 エッセイ一 父の詫び状』

著者:向田邦子 出版社:文芸春秋 装丁:大久保明子

◎カバー
用紙:OKフロート・アイボリースキン 四六判Y目120kg
インク:女神インキ・スーパーブラック(墨)
加工:ホットスタンプ+マットニス
◎表紙
用紙:里紙・あんず 四六判Y目100kg
インク:プロセスK
◎見返し
用紙:アラベールナチュラル 四六判Y目110kg
◎別丁扉
用紙:OKフロート・アイボリースキン 四六判Y目120kg
インク:女神インキ・スーパーブラック(墨)
◎栞・花布
栞:22(伊藤信男商店)
花布:63(伊藤信男商店)
◎本文
用紙:OKライトクリーム 四六判Y目58.5kg
インク:プロセスK

脚本家・作家・エッセイストの向田邦子の、いまだ刊行を続けている全集の中の一冊。装丁は文藝春秋デザイン部の大久保明子氏。全集ということもありシリーズ統一で同じ仕様となっています。

向田邦子全集5・父の詫び状

◎装丁として最大の特徴
カバーに使用している「OKフロート」という紙。これは加熱空押し(ホットスタンプ)すると、押された部分の色と質感が大きく変化、まるで薄い色を刷ったように見えるほど押されてない部分との差が出るのです。この全集ではその差を利用して一冊一冊違うポーズの猫のシルエットを描いています。
(余談ですが、この紙は見た目ほどは高くないと平和紙業(この紙のメーカー)の方に聞きました。「良い紙を使って箔押しができる」くらいの予算があれば、チャレンジする価値はあるかもしれません)

◎カバーデザインの印象
帯がないことを別にすれば今の新刊文芸書に近い軽さを感じます。どちらかといえばデリケートな紙なので、この本が汚れず無傷で10年持つとは思えませんが、値段設定もギリギリ今の新刊文芸書の世界に収まっていることを考えると、向田邦子全集を改めて買おうと思う人よりも、むしろほとんど知らないような人へ向けた造本なのではないかと思います。(そういう意味で言えば、漫画「デスノート」の小畑健氏の絵を使った集英社文庫の「人間失格」と同じ方法論かもしれません)

◎もし自分がこの本を装幀をするとしたら?
僕は、長く持つべき本は紙もデザインも長く持つ物にすべきだと考えているので、汚れ防止のためにカバー全体にマットビニールコート(マットPP)をかけ、その上から強めの空押しにすると思います。
汚れ防止と紙の強度アップのためのビニールをかけてしまえば、その上からホットスタンプは(たぶん)できなくなるので、カバー紙をOKフロートにする意味もなくなる。だったら別の柔らかくて押しやすく、ビニールをかけてもそれなりに質感が残り、OKフロートよりもっと安い別の紙も試したい(例えばエコラシャ、フリッター、里紙など)そして最後に空押しした猫のシルエットの部分にだけ、うっすらと墨アミを敷き、その部分だけを強調させる。これで、だいたい同じような効果があり、汚れずらく折れにくいカバーになるのではないでしょうか。

しかし、ビニールをかければ紙そのものの持つ柔らかさや暖かみなどが死んでしまうのは事実なので、これはどちらが良いか正しいかという話ではなく、その本に対する出版社・編集者・デザイナーの価値観や戦略の違いだと思います。

◎カバーデザイン以外の印象
OKフロート以外の紙やインクは、どれもベーシックなものばかりです。これは「1Q84」の時と同様、多くの部数を作るための対策(在庫の多くある紙、生産中止にならないってしまわなそうな実績のある紙を選ぶという事)かもしれません。デザインも上品で、奇を衒ったものではありません。

◎内容への感想
堅苦しくはないけれど上品で気持ちがよい文章。書かれるのは自分自身や自身の家族の昔話がほとんどですが、向田邦子が生きた時代のことを知らない人であっても、日常を大事にする人であれば、誰でもこの本の良さは伝わるのではないかと思います。
このエッセイ集全体に感じる「静かな諦念」というトーンの理由は、あとがきを読むと理解できるのですが、できれば一冊を読み切った後にあとがきを読んで「あぁ」と思ってもらいたいです。
僕はこの5巻の他に3巻(小説)も読みましたが、そちらについても、あらためて書いてみたいと思えるほど心に残るものがありましたので、興味があればそちらもぜひ読んでみてください。